ポール・ゴーギャン
《宇宙創造》
木版画
1893年彫り、1921年刷り
20.5×35.5cm
《ノア・ノア木版画集》より
限定100部
ポール・ゴーギャンがタヒチ滞在期に制作した《ノア・ノア》木版画集の中でも、とりわけ重要作とされるのが本作《宇宙創造 (L'Univers est créé)》です。1893年に自ら彫りを行い、1921年に彼の四男ポーラ・ゴーギャンによって刷られた限定100部の希少な一枚で、「ポーラ(Pola)」のサインが入ることで知られる作品です。
《ノア・ノア》と木版画の革新性
ゴーギャンの《ノア・ノア》は、彼自身がタヒチでの体験を記し、絵画と木版画によって“新たな楽園”のイメージをヨーロッパに伝えるために構想された挿画集です。その中で木版画は、単なる挿絵ではなく、 絵画では表現し得ない“原始の力”“精神世界”を刻み込む媒介 として用いられました。
ゴーギャンは日本の浮世絵や仏教版画からも影響を受け、粗く大胆な彫り跡と黒の量塊を活かした独自の木版表現を確立します。それは当時の西洋において極めて革新的であり、後のエルンスト・ルードヴィッヒ・キルヒナーをはじめとする表現主義の版画に大きな影響を与えることになります。
作品の主題——原初の世界が生まれる瞬間
《宇宙創造》は、その名の通り、 世界が混沌の中から形を得ていく“始まりの瞬間” を描きます。
画面左には波のようにうねる水の気配、右側には人間と動物、植物が交じり合い、個々の形態がまだ定まっていない「生成の状態」が表されています。タヒチ神話の宇宙観やゴーギャンが抱いた“自然と生命が一体であった時代への憧憬”が、象徴的なフォルムとして統合されているのです。
特に右側の巨大な顔は、創造神あるいは精霊の存在を思わせ、ゴーギャンが求め続けた「目に見えない世界の可視化」 を象徴しています。
画面全体を支配する深い黒の木目は、重厚でありながら神秘的な空気を醸し、光と影がまだ分離しない宇宙の黎明期を感じさせます。
木版の技術と質感
この作品はゴーギャンがタヒチで直接彫った版木から刷られています。
• 粗く深い彫り跡
• 不均一な線の揺らぎ
• 黒インクの濃淡
• 木目の浮き上がり
これらが相まって、 絵画では表せない“土着的で原始的なエネルギー” を放っています。
ゴーギャンはこの木版に、絵筆とは異なる“彫る行為そのものの力”を見ていたのでしょう。
1921年刷りの位置づけと希少性
本作はゴーギャンが1893年に彫った版木をもとに、1921年に限定100部のみ刷られたものです。
ゴーギャン自身は1903年に没しているため、生前刷りではありませんが、
• 版木がゴーギャンの手による完全なオリジナル
• 1920年代の早い時期の刷りで保存状態も良い例が多い
• 《ノア・ノア》の重要作として美術館収蔵例も多い
ことから、コレクター市場でも高い評価を保ち続けています。
本作のような1921年刷りは、後年の再刷りや複製と明確に区別され、
「ゴーギャン版画の正統なコレクションピース」として扱われています。
ゴーギャンの精神世界を象徴する作品
《宇宙創造》は、《ノア・ノア》木版画集の中でも内容的・造形的に頂点に位置する作品といえます。
• 西洋絵画の枠を超えた原始的表現
• タヒチ神話とゴーギャン自身の思想の融合
• 近代版画史における極めて重要な位置付け
• コレクション性の高い限定100部の早期刷り
これらすべてを備えた本作は、 単なる挿画ではなく“ゴーギャンの世界観そのもの” を体現した傑作です。