マルク・シャガール
《村》
リトグラフ
1957年
19.2×19.8cm
《ジャック・ラセーニュによる「シャガール」》より
限定6000部
制作背景 ― ラセーニュ版における「原風景」
本作《村》は、1957年に刊行された美術史家ジャック・ラセーニュによるシャガール論の挿画として制作された作品です。
この挿画本は、シャガールの主要な主題や象徴をコンパクトなイメージによって提示することを目的としており、本作はその中でも**「村」=シャガールの原風景**を象徴する一枚と位置づけられます。
モチーフ ― ヴィテブスクへの回帰
画面中央には、家々が連なる村の風景と、その上空に大きく配された人物の顔が描かれています。
これは、シャガールが生涯繰り返し描いた故郷ヴィテブスク(現在のベラルーシ)を想起させる構図です。
村は単なる風景ではなく、記憶・家族・信仰・共同体といった彼の精神的基盤を象徴しています。
表現 ― モノクロームによる内省的世界
本作はほぼモノクロームで構成され、色彩の華やかさよりも線と濃淡によって情景が形づくられています。
擦れたようなリトグラフ特有の質感は、記憶の断片や夢の中の風景を思わせ、現実と幻想の境界を曖昧にしています。
にじむような黒の重なりが、時間の堆積や郷愁を静かに伝えています。
構成 ― 顔と村が溶け合う空間
大きく描かれた人物の顔は、村を見下ろす存在であると同時に、村そのものと溶け合うように配置されています。
これは、個人の記憶と共同体の記憶が不可分であるという、シャガール特有の世界観を端的に表した構成です。
建物、木々、人物の境界は明確に区切られず、すべてが一体となった精神的風景として描かれています。
シャガール芸術における位置づけ
《村》は、恋人や音楽、宗教的象徴といったモチーフとは異なり、
シャガールの創作の根底にある「出発点」を示す主題です。
抒情性を抑えた静かな表現の中に、彼の人生観や記憶へのまなざしが凝縮されています。
コレクションとしての魅力
限定6000部と比較的部数は多いものの、
1950年代シャガールの思想的・回想的側面を端的に示す作品として評価されています。
同じラセーニュ版に収録された《灰色の恋人たち》《三日月と鶏》《フルートを吹く人》などと併せて鑑賞することで、
シャガールの詩的宇宙が「個人的記憶」から「象徴世界」へ広がっていく過程を読み取ることができます。
マルク・シャガール Marc CHAGALL (1887-1985)
帝政ロシア(現ベラルーシ)のヴィテブスクに生まれる。1907年ペテルブルク(現サンクト・ペテルブルク)の王立美術学校で学び、そこでの経験が彼の芸術に深い影響を与えた。1911年、シャガールは「蜂の巣」と呼ばれるアトリエに移り、そこでロベール・ドロネー、フェルナン・レジェ、モディリアーニなどの画家たちと交流した。この時期に彼の独自の絵画スタイルが花開き、色鮮やかで幻想的な要素が取り入れられた。1963年、パリ・オペラ座の天井画を制作。1977年にはレジオン・ド・ヌール最高勲章を授与された。1985年ヴァンスで死去。シャガールの作品は、空中を浮遊する恋人たちや故郷の素朴な風景など、独自の幻想的な要素が取り入れられ、国際的に高い評価を受けた。彼の油彩画、版画、挿絵などは、美術ファンを魅了し続け、その芸術は時代を超えて多くの人々に感動を与え続けている。