マルク・シャガール
《アコーディオン弾き》
リトグラフ
1957年
23×39cm
《ジャック・ラセーニュによる「シャガール」》より
限定6000部
制作背景 ― 音楽が導くシャガールの内的世界
本作《アコーディオン弾き》は、1957年に刊行された美術史家ジャック・ラセーニュによるシャガール論の挿画として制作されたリトグラフ作品です。
このシリーズは、シャガール芸術を象徴する主題を、簡潔かつ詩的なイメージで提示することを目的としており、本作では音楽が中心的な役割を果たしています。
音楽は、シャガールにとって記憶や感情、信仰と並ぶ重要なモチーフであり、現実と夢、地上と精神世界をつなぐ媒介として繰り返し描かれてきました。
モチーフ ― アコーディオン弾きという存在
画面中央には、横たわるように描かれたアコーディオン弾きの姿が大きく配されています。
身体は誇張され、楽器と一体化するように描かれており、演奏行為そのものが人物の存在を規定しているかのようです。
アコーディオンは、シャガールの故郷ロシアや東欧の民衆文化を想起させる楽器であり、郷愁や共同体の記憶を象徴します。本作においても、単なる演奏者ではなく、記憶を奏でる存在として描かれている点が印象的です。
周囲の人物たち ― 音楽に呼応する世界
画面右下には、小さく描かれた人物たちが集う姿が見られます。
彼らは観客とも、音楽に導かれて現れた存在とも解釈でき、アコーディオンの音色が空間全体に広がっていく様子を暗示しています。
また、画面上部には翼を持つ存在や浮遊する人物が描かれ、音楽が現実の重力を超え、精神的な高みへと導く力を持つことが示されています。
色彩と構成 ― 音の流れを可視化する色
黄色、橙、赤、青といった明るく対比的な色彩が、画面全体をゆるやかに横断しています。
これらの色は、人物や形態を厳密に区切るためではなく、音楽のリズムや広がりを視覚化するための色面として用いられています。
特に横長の画面構成は、旋律が時間とともに流れていく感覚を強め、見る者の視線を自然に画面全体へと導きます。
線描 ― 即興性と詩的な揺らぎ
本作の線は、明確な輪郭を与えるというよりも、揺れやかすれを伴いながら、形を示唆する役割を果たしています。
この即興的な線描は、楽譜に縛られない演奏や、感情の赴くままに奏でられる音楽を思わせます。
リトグラフという技法が、こうした線の表情を柔らかく受け止め、シャガール特有の親密で詩的な画面を成立させています。
シャガール芸術における位置づけ
《アコーディオン弾き》は、《フルートを吹く人》《青い魚》などと並び、
音楽を媒介として人間と世界、現実と夢を結びつけるシャガールの代表的な主題を示す一作です。
劇的な物語性よりも、音楽が生み出す空気や感情の広がりに重きが置かれており、ラセーニュ版挿画の中でも特に伸びやかな印象を与えます。
コレクションとしての魅力
限定6000部という比較的広いエディションながら、
横長の画面構成と豊かな色彩によって、空間に軽やかなリズムをもたらす作品です。
シャガールが生涯描き続けた「音楽と記憶」の主題を、穏やかに、しかし確かな存在感で伝える一枚として、コレクションや空間演出にも適した作品といえるでしょう。