マルク・シャガール
《ユダ族》
リトグラフ
1962年
30×22.5cm
《エルサレム・ウインドウ》より
限定5000部
作品の位置づけ ― 十二部族の中心としての《ユダ族》
本作《ユダ族》は、マルク・シャガールが晩年に取り組んだ記念碑的連作《エルサレム・ウインドウ》のために制作されたリトグラフ作品です。
イスラエル十二部族の中でも、ユダ族は精神的・歴史的に最も中心的な存在であり、王権、メシア思想、エルサレムそのものと深く結びつく部族です。
シャガールは本作において、ユダ族の持つ「王の系譜」と「苦難を越えた救済」の物語を、極めて象徴的かつ情熱的な画面構成で表現しています。
王冠と掲げられた両手 ― 選ばれし部族の象徴
画面上部に描かれた王冠と、それを掲げるような両手は、ユダ族が「王の部族」であることを明確に示しています。
旧約聖書において、ダビデ王、ソロモン王はいずれもユダ族に属し、メシアもまたユダ族から現れるとされています。
この両手は、単なる戴冠の動作ではなく、神から託された使命を受け取る姿として描かれており、祝福と重責の両義性を感じさせます。
獅子のモチーフ ― 力と犠牲の二重性
画面下部に大きく描かれた獅子は、「ユダの獅子」として知られる象徴的存在です。
それは力、勇気、王権を表す一方で、シャガールの描く獅子は荒々しさよりも、どこか人間的な表情と苦悩を帯びています。
これは、ユダ族が栄光だけでなく、流浪、迫害、犠牲の歴史を背負ってきた存在であることを示唆しています。
獅子の身体に重ねられた多層的な色彩は、時間と記憶、民族の歴史そのものを象徴しているようです。
赤に満ちた画面 ― 血、情熱、歴史の色
本作を支配する赤色は、血、情熱、犠牲、そして生命力を象徴する色です。
シャガールはここで、ユダ族の歴史が決して穏やかなものではなかったことを、色彩そのものによって語っています。
赤の中に差し込まれる青や緑、白は、苦難の中にも希望と救済が存在することを示しており、絶望ではなく「再生」へと向かう視線を感じさせます。
都市と文字 ― エルサレムへの帰結
画面中には、城壁や建物を思わせるモチーフ、そしてヘブライ文字が点在しています。
これらは、ユダ族の歴史が最終的にエルサレムという聖なる都に収斂していくことを象徴しています。
ヘブライ文字は、視覚的要素であると同時に、「言葉=神の契約」を意味し、ユダ族が信仰と歴史を結びつける要となってきたことを示しています。
本作の意義 ― 《エルサレム・ウインドウ》の核心を成す一枚
本作《ユダ族》は、《エルサレム・ウインドウ》連作の中でも、最も象徴性が高く、物語性の濃い一枚といえます。
限定5000部のリトグラフ作品ではありますが、その精神的重みは、ステンドグラス原画に直結するものです。
王権、苦難、信仰、救済――
それらすべてを背負ったユダ族の姿を、シャガールは絵画という詩的言語で描き切っています。
本作は、ユダヤ民族の歴史と希望を象徴する、極めて重要な作品と位置づけられるでしょう。
マルク・シャガール Marc CHAGALL (1887-1985)
帝政ロシア(現ベラルーシ)のヴィテブスクに生まれる。1907年ペテルブルク(現サンクト・ペテルブルク)の王立美術学校で学び、そこでの経験が彼の芸術に深い影響を与えた。1911年、シャガールは「蜂の巣」と呼ばれるアトリエに移り、そこでロベール・ドロネー、フェルナン・レジェ、モディリアーニなどの画家たちと交流した。この時期に彼の独自の絵画スタイルが花開き、色鮮やかで幻想的な要素が取り入れられた。1963年、パリ・オペラ座の天井画を制作。1977年にはレジオン・ド・ヌール最高勲章を授与された。1985年ヴァンスで死去。シャガールの作品は、空中を浮遊する恋人たちや故郷の素朴な風景など、独自の幻想的な要素が取り入れられ、国際的に高い評価を受けた。彼の油彩画、版画、挿絵などは、美術ファンを魅了し続け、その芸術は時代を超えて多くの人々に感動を与え続けている。