マルク・シャガール
《ネプタリ族》
リトグラフ
1962年
30×22.5cm
《エルサレム・ウインドウ》より
限定5000部
作品の主題 ― 自由と祝福の言葉を授かるネプタリ族
《ネプタリ族》は、1962年にマルク・シャガールが《エルサレム・ウインドウ》のために制作した十二部族連作の一作です。
旧約聖書においてネプタリ族は、「放たれた雌鹿、麗しい言葉を語る者」と祝福され、俊敏さ・自由・言葉の美しさを象徴する部族として語られています。
シャガールはこの詩的な祝福を、動きに満ちた構図と、明るく解放感のある色彩によって表現しています。
黄色に満ちた画面 ― 光と解放の色彩
本作を支配する鮮やかな黄色は、光、喜び、そして神の祝福を象徴する色です。
《エルサレム・ウインドウ》連作の中でも特に明るく、開放的な印象を与える配色であり、ネプタリ族の「束縛されない性質」が視覚的に強調されています。
この黄色は単なる背景ではなく、画面全体を包み込む光として、すべてのモチーフを一つに結びつけています。
鹿の姿 ― 俊敏さと生命力の象徴
画面下部に大きく描かれた鹿は、ネプタリ族を象徴する中心的モチーフです。
地面に伏しながらも、今にも跳ね出しそうな姿勢は、静と動の緊張感を孕み、内に秘めた躍動を感じさせます。
シャガールの描く鹿は写実的ではありませんが、その柔らかな曲線と鮮烈な色彩によって、生命そのもののエネルギーを体現しています。
鳥の飛翔 ― 言葉と魂の自由
画面上部を舞う鳥は、ネプタリ族に与えられた「麗しい言葉」を象徴する存在です。
鳥の飛翔は、言葉が国境や束縛を超えて広がること、そして魂が自由であることを示唆しています。
赤や青を帯びた鳥の姿は、理性と感情、精神と肉体が調和している状態を象徴しているとも読めます。
葡萄と樹木 ― 実りある祝福
画面右側に描かれた葡萄の房と樹木は、ネプタリ族の祝福が抽象的な概念に留まらず、現実の豊かさとして実を結ぶことを示しています。
言葉や精神性と同時に、生活の中の恵みもまた神から与えられた祝福であるという、シャガールらしい全人的な視点が表れています。
アーチ型構図 ― 天と地をつなぐ祝福
本作もまた、アーチ型の構図を採用しています。
この形は《エルサレム・ウインドウ》全体に共通する象徴的形式であり、天上と地上、神と人との結びつきを示しています。
ネプタリ族の自由さや軽やかさは、このアーチの内側で秩序を保ち、祝福された自由として描かれています。
本作の意義 ― 詩的祝福の視覚化
《ネプタリ族》は、《エルサレム・ウインドウ》連作の中でも特に詩的で、軽やかな印象を持つ一作です。
それはシャガールが、信仰を厳格な規律としてではなく、喜びと自由に満ちた生の賛歌として捉えていたことを雄弁に物語っています。
限定5000部のリトグラフでありながら、ステンドグラス原画の精神性を色濃く反映した本作は、シャガールの宗教観と詩情が最も美しく結実した作品のひとつと言えるでしょう。
マルク・シャガール Marc CHAGALL (1887-1985)
帝政ロシア(現ベラルーシ)のヴィテブスクに生まれる。1907年ペテルブルク（現サンクト・ペテルブルク）の王立美術学校で学び、そこでの経験が彼の芸術に深い影響を与えた。1911年、シャガールは「蜂の巣」と呼ばれるアトリエに移り、そこでロベール・ドロネー、フェルナン・レジェ、モディリアーニなどの画家たちと交流した。この時期に彼の独自の絵画スタイルが花開き、色鮮やかで幻想的な要素が取り入れられた。1963年、パリ・オペラ座の天井画を制作。1977年にはレジオン・ド・ヌール最高勲章を授与された。1985年ヴァンスで死去。シャガールの作品は、空中を浮遊する恋人たちや故郷の素朴な風景など、独自の幻想的な要素が取り入れられ、国際的に高い評価を受けた。彼の油彩画、版画、挿絵などは、美術ファンを魅了し続け、その芸術は時代を超えて多くの人々に感動を与え続けている。
