アントニ・タピエス
《カタロニアの詩 Pl.1》
リトグラフ
1973年
75.5×55cm
《カタロニアの詩》より
直筆サイン
限定75部
作品解説|痕跡としてのイメージ
本作《カタロニアの詩 Pl.1》は、アントニ・タピエスが1973年に制作した版画集《カタロニアの詩》に収録された一葉であり、タピエスの思想と造形表現が高度に結びついた作品です。
画面には、顔のようにも記号のようにも見える簡潔な形象と、余白を大きく取った構成が用いられ、明確な物語や説明を排した静かな緊張感が漂っています。
タピエスはこの時期、完成されたイメージを提示することよりも、「痕跡」や「刻印」としての造形を重視しており、本作もまた、見る者に思考と解釈を委ねる開かれた構造を持っています。
色と形が示す象徴性
画面上部に配された赤い色面は、血や情熱、痛みといった感情を想起させると同時に、カタロニアの旗を連想させる要素として、文化的・歴史的な意味合いを帯びています。
一方、中央に描かれた形象は、特定の人物を示すものではなく、人間存在そのもの、あるいは民族や共同体の象徴として読むことができます。
灰白色を基調とした背景と簡潔な線描は、画面に静けさをもたらしながらも、内側に強い緊張感を内包しており、タピエス特有の精神性が色濃く表れています。
技法と物質感|リトグラフ表現の深化
本作はリトグラフで制作されていますが、その表情は単なる平面的な印刷にとどまりません。
刷りの中に残された筆致や擦れ、線の重なりは、まるで壁や地面に刻まれた痕跡を見るかのような物質感を伴っています。
タピエスはリトグラフという技法を用いながらも、絵画作品と同様に「物質としての存在感」を追求しており、本作でもその姿勢が明確に表れています。直筆サインが入っている点からも、作家自身が強く関与したオリジナル版画であることがうかがえます。
《カタロニアの詩》シリーズの中で
《カタロニアの詩》は、詩と造形を結びつけたタピエスの代表的な版画集のひとつであり、カタロニア語文化への深いオマージュとして制作されました。
本作 Pl.1 は、そのシリーズの冒頭を飾る作品として、全体の精神的な方向性を象徴的に示しています。
言葉による詩に対し、タピエスは視覚による「沈黙の詩」を提示し、見る者に内省と対話を促します。その意味で、本作はシリーズ全体の導入として、非常に重要な役割を担っています。
本作の意義
本作《カタロニアの詩 Pl.1》は、タピエスが1970年代に到達した思想性と造形表現の成熟を端的に示す一作です。個人の表現でありながら、民族の記憶や歴史、精神性にまで射程を広げるその表現は、20世紀後半ヨーロッパ美術における抽象表現の中でも特に深い思想性を備えています。
直筆サイン入り、限定75部という少部数で制作された本作は、タピエスの代表的テーマである「物質」「記号」「精神性」が高い密度で凝縮された作品であり、美術史的価値とコレクション価値の双方を備えた重要な一葉と言えるでしょう。