マルク・シャガール
《時計台のキリスト》
リトグラフ
1957年
23×19.8cm
《ジャック・ラセーニュによる「シャガール」》より
限定6000部
作品の背景 ― 評論書挿画としての制作
本作《時計台のキリスト》は、美術史家ジャック・ラセーニュによるシャガール論のために1957年に制作された挿画作品です。
このシリーズは、シャガールの画業や思想を紹介する評論書に添えられたもので、彼の代表的な主題や象徴世界を凝縮したイメージ集ともいえる位置づけにあります。
主題 ― キリスト像に託された人間の苦悩
画面中央には、十字架上のキリスト像が描かれていますが、ここでのキリストは純粋に宗教的存在としてではなく、苦悩する人間そのものの象徴として表現されています。
シャガールはユダヤ系画家でありながら、しばしばキリスト像を用い、迫害や悲劇、無辜の犠牲といった普遍的テーマを語ってきました。本作もその系譜に連なる作品です。
時計台 ― 時間と歴史の象徴
キリストの背後に描かれる時計台は、本作の重要なモチーフです。
時計は「時の流れ」や「歴史」を象徴し、繰り返される人類の苦難や暴力を暗示しています。
個人の受難と、社会・歴史の残酷さが同一画面に重ね合わされている点に、シャガール特有の視点が見て取れます。
色彩と構成 ― 不安と祈りの共存
黄、紫、緑、青といった色彩が大胆に配され、画面には緊張感と不穏さが漂います。一方で、完全な絶望ではなく、どこか祈りや救済を感じさせる余白も残されています。
リトグラフ特有の擦れや色のにじみが、夢と現実の境界が曖昧なシャガールの世界観を強調しています。
人々の群像 ― 傍観と共感
画面下部や周囲に描かれる人々は、受難を目撃する存在でありながら、直接介入することはありません。
これは、歴史の悲劇を前に立ち尽くす人間の姿、あるいは無関心と共感の狭間に揺れる社会そのものを暗示しているとも解釈できます。
シャガール芸術における位置づけ
《時計台のキリスト》は、
• キリスト像
• 歴史的時間
• 群衆
というシャガールの重要なモチーフを一枚に集約した作品です。
宗教画でありながら、特定の信仰を超えた人間存在への問いを投げかける点に、本作の本質があります。
コレクションとしての魅力
限定6000部という比較的多い部数ながら、
1950年代シャガールの思想と象徴表現を理解するうえで欠かせない一作です。
《灰色の恋人たち》《ケンタウロスと母と子》など、同じラセーニュ版の作品と並べて所蔵することで、シャガールの精神的世界の広がりを体系的に味わうことができます。