マルク・シャガール
《三日月と鶏》
リトグラフ
1957年
20.6×13.2cm
《ジャック・ラセーニュによる「シャガール」》より
限定6000部
作品の背景 ― 評論書に添えられた象徴的イメージ
本作《三日月と鶏》は、フランスの美術史家ジャック・ラセーニュによるシャガール論『Chagall』の挿画として制作されたリトグラフです。
単なる装飾的挿画にとどまらず、シャガール芸術の核心的モチーフを凝縮した象徴的な一図として位置づけられます。
モチーフの意味 ― 三日月と鶏
画面に描かれた三日月は、シャガール作品にしばしば登場する詩的な象徴であり、夜・夢・精神世界を暗示します。一方、鶏はロシア時代の民俗的記憶や日常生活を象徴する存在で、生命力や目覚め、祝祭性を内包しています。
この二つを組み合わせることで、シャガールは現実と幻想、地上と精神世界のあいだを結ぶイメージを生み出しています。
人物表現 ― 親密で静かな関係性
鶏の背に寄り添う男女像は、恋人や夫婦、あるいは人間の魂そのものを象徴しているとも解釈できます。
誇張のない簡潔な線描によって描かれた人物は、感情を直接的に表すのではなく、静かな親密さや精神的な結びつきを漂わせています。ここには、シャガールが一貫して描き続けた「愛」という主題が、穏やかなかたちで表れています。
色彩と技法 ― 軽やかさの中の詩情
黄色と緑という限られた色彩が、余白を活かした構成の中で柔らかく響き合っています。
リトグラフ特有の軽やかな刷りと、自由な線の表情によって、画面全体に詩的で浮遊感のある空気が生まれています。これは油彩とは異なる、版画ならではの魅力といえるでしょう。
作品の魅力 ― シャガール世界の縮図
《三日月と鶏》は、サーカスや旧約聖書の物語といった壮大な主題とは異なり、シャガールの内面的で私的な世界を静かに映し出した作品です。
象徴性、愛の主題、詩的な想像力が簡潔な構成の中に凝縮されており、シャガール芸術のエッセンスを味わうことのできる一作といえるでしょう。
マルク・シャガール Marc CHAGALL (1887-1985)
帝政ロシア(現ベラルーシ)のヴィテブスクに生まれる。1907年ペテルブルク(現サンクト・ペテルブルク)の王立美術学校で学び、そこでの経験が彼の芸術に深い影響を与えた。1911年、シャガールは「蜂の巣」と呼ばれるアトリエに移り、そこでロベール・ドロネー、フェルナン・レジェ、モディリアーニなどの画家たちと交流した。この時期に彼の独自の絵画スタイルが花開き、色鮮やかで幻想的な要素が取り入れられた。1963年、パリ・オペラ座の天井画を制作。1977年にはレジオン・ド・ヌール最高勲章を授与された。1985年ヴァンスで死去。シャガールの作品は、空中を浮遊する恋人たちや故郷の素朴な風景など、独自の幻想的な要素が取り入れられ、国際的に高い評価を受けた。彼の油彩画、版画、挿絵などは、美術ファンを魅了し続け、その芸術は時代を超えて多くの人々に感動を与え続けている。