マルク・シャガール
《ルバン族》
リトグラフ
1962年
30×22.5cm
《エルサレム・ウインドウ》より
限定5000部
作品の背景 ―《エルサレム・ウインドウ》と十二部族
本作《ルバン族》は、マルク・シャガールが1960年代に取り組んだ代表的宗教プロジェクト《エルサレム・ウインドウ》に関連して制作されたリトグラフ作品です。
《エルサレム・ウインドウ》は、エルサレムのハダッサ医療センター・シナゴーグのために制作された12枚のステンドグラスから成り、旧約聖書に登場するイスラエル十二部族を主題としています。シャガールはこの壮大な主題を通じて、ユダヤ民族の歴史、信仰、そして未来への希望を色彩と象徴によって表現しました。
本作は、そのうちのルバン族(ルベン族)を象徴するイメージを描いた作品です。
ルバン族の象徴表現
ルバン族は、ヤコブの長子ルベンに由来する部族であり、水や生命の流動性、感情の揺らぎといった象徴と結び付けられることが多い部族です。
シャガールは本作において、画面全体を包み込む深い青を基調に、水中を思わせる世界を構築しています。魚や鳥が自在に行き交う幻想的な空間は、秩序と混沌が共存する創世のイメージを想起させます。
画面上部にはヘブライ文字を伴う円形のモチーフが配され、これは祝福や聖なる言葉、神の存在を象徴する要素として読み取ることができます。自然界の生命と聖なる言葉が同一空間に存在している点に、シャガール独自の宗教観が色濃く表れています。
色彩と構成の特徴
本作では、青を中心に、緑、赤、紫といった色彩が浮遊するように配置されています。これらの色は明確な輪郭を持たず、にじみ合いながら画面を構成しており、ステンドグラスにおける光の透過効果を、版画という平面表現の中で再現しているかのようです。
魚や鳥は、シャガール作品に繰り返し登場する生命と魂の象徴であり、特に水中を泳ぐ魚は、祝福と繁栄、そして命の連なりを暗示しています。これらのモチーフは、ルバン族の精神的性格を詩的に表現するための重要な要素となっています。
《エルサレム・ウインドウ》関連作としての価値
本作《ルバン族》は、《エルサレム・ウインドウ》というシャガール晩年の集大成ともいえる宗教プロジェクトと直接結びついた作品であり、単独のリトグラフでありながら、ステンドグラス作品群と思想的に強く連動しています。
限定5000部というエディションを持ちながらも、その価値は数量ではなく、シャガールがユダヤの精神史と真正面から向き合った時代の創作であることにあります。
信仰、自然、生命が一体となったこの作品は、《エルサレム・ウインドウ》の世界観を身近に味わうことのできる、非常に重要な位置づけの一作といえるでしょう。
マルク・シャガール Marc CHAGALL (1887-1985)
帝政ロシア(現ベラルーシ)のヴィテブスクに生まれる。1907年ペテルブルク(現サンクト・ペテルブルク)の王立美術学校で学び、そこでの経験が彼の芸術に深い影響を与えた。1911年、シャガールは「蜂の巣」と呼ばれるアトリエに移り、そこでロベール・ドロネー、フェルナン・レジェ、モディリアーニなどの画家たちと交流した。この時期に彼の独自の絵画スタイルが花開き、色鮮やかで幻想的な要素が取り入れられた。1963年、パリ・オペラ座の天井画を制作。1977年にはレジオン・ド・ヌール最高勲章を授与された。1985年ヴァンスで死去。シャガールの作品は、空中を浮遊する恋人たちや故郷の素朴な風景など、独自の幻想的な要素が取り入れられ、国際的に高い評価を受けた。彼の油彩画、版画、挿絵などは、美術ファンを魅了し続け、その芸術は時代を超えて多くの人々に感動を与え続けている。