マルク・シャガール
《ガド族》
リトグラフ
1962年
30×22.5cm
《エルサレム・ウインドウ》より
限定5000部
作品の主題 ― 戦士としてのガド族
本作《ガド族》は、1962年にマルク・シャガールが《エルサレム・ウインドウ》のために制作したリトグラフ連作の一作です。
旧約聖書においてガド族は、「武装した軍勢」「戦に長けた部族」として語られ、困難な状況にあっても民を守る役割を担いました。
シャガールはこのガド族を、単なる好戦的存在としてではなく、守護と覚悟を備えた戦士の精神として描いています。
動的な構図 ― 交錯する力の場
画面全体は、他の部族作品と比べても特に動きが激しく、複数の動物や鳥が交錯するように配置されています。
これは戦いそのものというより、常に緊張が張りつめた世界を象徴しています。
上下左右から迫る視線と動きは、ガド族が置かれてきた境遇――国境を守り、外敵に備え続ける部族の宿命を強く感じさせます。
中央の円環 ― 防御と結束の象徴
画面上部に描かれた円形のモチーフは、盾や結界を思わせる形をしています。
これは攻撃ではなく、「守る力」を象徴するものであり、ガド族の戦いが破壊のためではなく、共同体を守るための戦いであったことを示しています。
円環の中に重ねられた色彩は、外敵と内なる不安、両方に立ち向かう精神的な緊張感を表しています。
動物たち ― 勇気と警戒心
画面各所に描かれた動物たちは、ガド族の資質を象徴しています。
鋭い眼差しをもつ獣や、羽ばたく鳥は、勇猛さだけでなく、常に周囲を警戒する知性を感じさせます。
シャガールは、戦士を英雄的に誇張することなく、自然の一部として描くことで、戦いが人間の本能と深く結びついていることを示しています。
緑の支配 ― 大地と生命の色
本作を支配する緑は、大地、生命、持続を象徴する色です。
これは、ガド族の戦いが一時的な勝利のためではなく、土地と生活を守り続けるための営みであったことを表しています。
赤のアクセントは血や危険を暗示しますが、それは全体を覆い尽くすことなく、あくまで緑の中に組み込まれています。
アーチ型構図 ― 永続する防衛の使命
他の《エルサレム・ウインドウ》作品と同様、アーチ型の構図は永遠性を象徴します。
ガド族の役割が、特定の時代だけのものではなく、歴史を通じて繰り返される「守る者」の使命であることを示しています。
本作の意義 ― 力と責任の均衡
《ガド族》は、《エルサレム・ウインドウ》十二部族の中でも、力と責任の均衡を最も強く感じさせる一作です。
戦士でありながら、破壊ではなく防衛を担う存在として描かれている点に、シャガール独自の倫理観が表れています。
限定5000部のリトグラフでありながら、ステンドグラス原画構想と直結した象徴性を備えた本作は、シャガールが戦いと平和の関係をどう捉えていたかを深く読み取ることのできる、重要な作品といえるでしょう。
マルク・シャガール Marc CHAGALL (1887-1985)
帝政ロシア(現ベラルーシ)のヴィテブスクに生まれる。1907年ペテルブルク(現サンクト・ペテルブルク)の王立美術学校で学び、そこでの経験が彼の芸術に深い影響を与えた。1911年、シャガールは「蜂の巣」と呼ばれるアトリエに移り、そこでロベール・ドロネー、フェルナン・レジェ、モディリアーニなどの画家たちと交流した。この時期に彼の独自の絵画スタイルが花開き、色鮮やかで幻想的な要素が取り入れられた。1963年、パリ・オペラ座の天井画を制作。1977年にはレジオン・ド・ヌール最高勲章を授与された。1985年ヴァンスで死去。シャガールの作品は、空中を浮遊する恋人たちや故郷の素朴な風景など、独自の幻想的な要素が取り入れられ、国際的に高い評価を受けた。彼の油彩画、版画、挿絵などは、美術ファンを魅了し続け、その芸術は時代を超えて多くの人々に感動を与え続けている。